第三海堡撤去構造物一般公開 レポート1

目次

  1. 探照灯施設、砲台砲側庫
  2. 地下通路、観測所、ケーソン、その他

はじめに

市内での展示と言う事もあり、近いので行って来ました。とは言え、もう少しで横浜市ってところなのですけど。

海堡と言っても、普通は全く馴染みのない言葉だと思います (海釣りをやる人は知っているでしょう)。横須賀や、対岸の富津の人間には大変馴染みのあるもので、東京を防衛するため、東京湾口の海中に設けられた砲台設置のための人工島です

このあたり……、かなとカメラを向けてはみましたが。

肉眼ではクレーン船らしきものが見えたのだけれど、下手な写真ではわかりません。

第三海堡は、何十年もかけて建設したものの、完成後2年で関東大震災により海中に没したのです。東京湾の航路に近く、暗礁となってしまい数多の事故の原因となってしまった第三海堡は、2000年から撤去工事が進められています。その撤去された構造物の一部が展示されているものです。普段でも、団体で申し込めば見れますけども。

第三、と言うからには第一、第二が千葉県富津市側にあります。第二海堡は釣りのメッカでしたが、2005年に立ち入り禁止となりました。

尚、各構造物にはアルファベット-数字のコードが付けられていますが、多分、撤去に当たって付けられたもので、本来のものではない筈。100年近く前のブツだし。

探照灯施設 C-290 & M-145

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一番大きく、目立っていた、砲台と共にあった探照灯 (サーチライト) 用の施設です。なんか、上にライトが設置してあるように見えてしまいますが、後ろに立っている照明塔のものです。
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同施設を反対側から。入り口になっているところは、本来は地下通路だったところで、これに限らず第三海堡の施設は概ね地下にあったものです。地下通路の右側で割れてしまっています。
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探照灯の台座。上で書いたとおり、このレベルは地下にあり、必要に応じ地上にせり出したもののようだ、とのこと。
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台座を上から見たところ。長年、海水に浸かっていたにしてはよく残っているほうかもしれません。
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上に昇ったところ。ここが本来の地上で、ここから地下に入るようになっていました。
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内部の通路。何十年も放置されていたようには見えませんでした。最近の、下手な施工のコンクリートよりも、はるかに健全に見えます。

砲台砲側庫 H-186

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砲台砲側庫は、いわゆる弾薬庫とは異なり、普段貯蔵しておくところではなく、ドンパチの時だけここに運び込む、と言う性格のもののようです。
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突起物あたりが地上で、そこに開口部があり、すぐ横の砲に砲弾を供給していました。
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内部。光が差し込んできているのが、前の写真の開口部からです。
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砲弾を送り出す仕掛けの慣れの果て。
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なんか、廃墟大好きな人には、たまらん光景ではないでしょうか。
この砲側庫は左右対称で、これは反対側の開口部。つまり、これの両側に大砲が据えられていました。
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地上部分用の階段が、上についています。